( ・−・) (“寝言に返事をすると、魂が帰って来られなくなる”。つまり君は僕を殺そうとしたんだよ87番君。)
(;^Д^)「そんな極端な…」
午後3時、消灯時間ではあるが真っ暗なわけではない。
監視のためか、ここでは常に薄明かりがともされている。
(;^Д^)「ただの迷信でしょうに」
( ・−・) (迷信…)
98番さんは自分の掛け布団の上にごろりと横になる。
( ・−・) (空白の事象から迷信が生まれると思うかい?)
(;^Д^)「…ハイ?」
( ・−・) (…例えば)
彼の指が宙に弧を描く。
( ・−・) (信長で有名な本能寺は、度重なる焼き討ちを受けて、
その名前の「能」という字の「ヒ」の部分が別の形に変えられている。
もう二度と火の害に会わないようにという意味らしい。
…何が言いたいかわかるかい?)
(;^Д^)「…?」
( ・−・) (繰り返される火事 ――人々はそこに“何か”を見たんだ。)
(;^Д^)「迷信と何の関係が…」
( ・−・) (一緒だよ。
ある人の寝言に返事をする。次の日その人が死んでいる。
――それが二度も三度も重なると…)
98番さんは天井をじぃと見つめている。
( ・−・) (人はそこに何かを見る。)
天井…いや、どうだろう。なにせ表情の読めない人だ。
実は何かを見つめているようで、何も見ていないのかもしれない。
彼の真似をして僕も天井を眺めてみる。
スイッチのない蛍光灯には、どこから入ったのか1匹の蛾が
茶色の翅をバタつかせて体をぶつけている。
( ・−・) (ただの偶然。そこには何も存在しない。でも)
( ・−・) (そこに何かを見る。自身で勝手に作り出した、何かを。)
灰色の壁に沈黙が染み込む。蛾のむなしい羽音までが耳の奥を叩く。
( ・−・) (眠気が覚めてしまった。君もそうだろう。
――ひとつ、僕の話でもしようか。)
ボクは布団に潜り込み、耳をそばだてる。
ボソボソとくぐもった98番さんの言葉を、蛾に邪魔されることのないように。
( ・−・) (逮捕前、こう見えて僕は社長だった。
僕含めて社員6人ばかりの小さな会社だけどね。)
(,,^Д^) 「社員さん大変だったでしょうね。」
( ・−・) (いいや、変人の集まりだったからね。妙なバランスが取れていたよ。)
(;^Д^) 「変人…」
( ・−・) (どこかネジの外れた人間にしかできない仕事だったんだよ。
殺し屋っているだろう。それと似ていてね。
僕らは依頼を受けて人を呪う仕事をしていた。
『呪い屋本舗』それが会社名。)
(,,^Д^) 「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
( ・−・) (でも外れてはいないんだなこれが。
標的に「あなたは呪われている」というのが、この仕事の肝心要の部分だ。)
(,,^Д^) 「なるほど、詐欺グループだったわけですね。
人を呪いたい人をカモにした…」
( ・−・) (違うよ。本当に人を呪っていた。
こういうのは信用商売だからね。実績があってこそ続けられていたんだ。)
(;^Д^) 「でも呪いって…」
( ・−・) (まあまずは聞いてくれたまえよ。
“呪い”というと君は、藁人形やら水鏡やらを想像していないかい?)
(;^Д^) 「そりゃあ…」
( ・−・) (たしかに小道具として使うことはあるよ。
だが僕たちプロはそんな不確実なモノには頼らない。
もっと堅実に、論理的に人を呪う)
(;^Д^) 「全く話が見えない…。」
( ・−・) (…そうだな。こうしよう。君はとある平凡なサラリーマンだ。
ある朝目覚まし時計が鳴らなくて君は遅刻をする。
――何か不思議はあるかい?)
(,,^Д^) 「いえ、何も。」
( ・−・) (その夜君は時計の電池を変えて床につく。
だが次の朝、またアラームは鳴らない。君は遅刻をする。)
(,,^Д^) 「時計が…」
( ・−・) (時計が壊れたと思い、君は新しいものを購入する。次の日もアラームは鳴らない。)
(君は今度は携帯電話のアラームを仕掛ける。アラームは鳴らない。)
(君は友人にモーニングコールを頼む。次の日、電話が壊れている。)
(;^Д^) 「 ・ ・ ・ ・ ・ 」
( ・−・) (よくよく思い返せばこのところ時計以外にも不可解なことが多い。
週に一度は車に轢かれそうになる。自転車は週3回。
会社のお茶にピリッとした辛味を感じる。同僚は何も変わらないという。
箸が折れる。毎回折れる。シャーペンもボールペンも折れる。
…どんな気持ちになる?)
(;^Д^) 「…何かある、と思います。」
( ・−・) (そう、それを人為的に作り出すのが、僕たちだ。)
(;^Д^) 「そんなことが…」
( ・−・) (少しずつだ。最初は本人も気づかないような些細な仕掛けから始めて、
徐々にそのレヴェルを上げていく。
うちの社員の一人は鍵師だ。どんな家にも侵入できる。
うちの社員の一人はハッカーだ。電気機器の操作など思いのままだ。
うちの社員の一人は変装の達人だ。君の会社にも難なく溶け込む。)
(;^Д^) 「・ ・ ・ ・ ・ ・」
( ・−・) (小さな異変。しかし明らかな異変。
しかもそれらは目に見えて増えてゆく。目に見えて大きくなってゆく。
君の心の水面に、不安がフツフツと湯気を吹き始めた、そのタイミングで。
通りがかりの占い師に扮した社員が、君に一言
絶妙な、これ以上ないタイミングで言うんだ。)
(li ^Д^) 「・・・っ!」
( ・−・) (信じずにいられる自信はあるかい?
いや、ないだろう。なにせ君は、出会い頭の僕の言葉ですら、信じかけた。)
(・−・ ) (例えその場で信じなかったとしても
異変は君を襲い続ける。日々、膨らみながら。)
( ・−・) (自転車のニアミスは毎日になる。
お茶は明らかに色が違う。
隣に変人が越してきて、ヒステリックな声を上げる。道にゴミをばらまく。家に押しかけて病気の話をする。
恋人の浮気が発覚し、別れることとなる。)
( ・−・) (社員の残り2人は美男美女だ。好みに合わないならエキストラでも雇って
全身全霊で誘惑しよう。君の大切な恋人を。)
( ・−・) (君は呪いの存在を信じるしかなくなる。逃げられない。)
(;^Д^) 「ま…待ってくださいよ。それが呪い?
ただ人に呪術を信じさせているだけじゃないですか。
そんなことをしてどうするんですか。」
( ・−・) (“自分は呪われている”…それを自覚させるだけで十分なのさ
あとは勝手に自分で“呪われた人間”になってくれる。)
( ・−・) (全ての負の事象が呪いのせいに思えてくる。
僕らの手の及ばない物事までね。全てだ。
負の事象はさらなる負を呼ぶ。
呪いに気を取られてミスをする、それも呪いのせい。
それもこれもどれもあれも呪いのせい。
誰だ、誰だよ誰が俺を呪っている。
あいつかこいつかどいつかそいつか。誰も、誰も誰も信用できない。)
( ・−・) (僕らの仕掛けた偽物の呪いは、いつしか一人歩きを始め、標的の心を際限なく蝕み続ける。
心を無くした人間は、人生を自分から転げ落ちてゆく。)
( ・−・) (わかるかい?)
( ; Д ) 「・ ・ ・ ・ ・ ・ ・」
( ・−・) (そうだね、大体仕事を辞めて家から出なくなったくらいでお仕事終了だ。
入院するまで行った時の達成感はないね。その日は社員みんなで乾杯だ。
まあ自殺されちゃったらちょっと罪悪感かな。そのあたりの調整が難しいんだよね)
あっけに取られて声も出ないボクを横目に、98番さんはつらつらさらりと恐ろしい言葉を並べ続ける。
彼は相変わらずの鉄面皮だけど、なんとなく、ボクの反応を面白がってせせら笑っているような気がした。
( ; Д ) 「呪い…」
( ・−・) (確かに、世間一般のそれとは少し違うかな。
でもさ、俗に言う呪術とさして違わないだろう?
方法はどうあれ、1人の人間を不可視の力で不幸へ追いやる。)
98番さんは目を細めた。
薄明かりの作り出す怪しい陰影が、彼の血色の悪いのっぺり顔を一層引き立てる。
( ・−・) (僕はね、とても楽しかったんだよ。
偽物でも呪いをこの手で作り出せる。
この手で、人の運命を操れる。幸も不幸も、思いのままに。)
おそらく僕は根っからの犯罪者だ、忘身刑なんてなるべくしてなったのさ。と、98番さんは続けた。
( ・−・) (87番君、どうだった?僕の話は楽しめたかい?)
(;^Д^) 「…そ、それなりに。」
( ・−・) (君はやけに呪いのことを気にしていたようだったからね。
少し話してみようと思ったんだ。
87番君、僕は偽物の呪いで多く人を貶めてきた人間だけどね…)
98番さんがこちらに目を向ける。
( ・−・) (どこかに、必ずあると思っているんだよ。
本物の呪いが。
強い、とても強い悪意が、誰かの心を知らずのうちに犯していくってことがね。
ファンタジーの世界だと言われたらその通りなんだけどさ。きっとある。
だって、人の心には力がある。僕たちの想像するよりもずっと大きな、力がね。)
(,,^Д^) 「・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
( ・−・) (・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・。)
( ・−・) (この間適当に漏らした言葉だけど、
なかなかどうして間違っていないじゃないか。)
(;^Д^) 「え?」
( ・−・) (君は、呪われてるよ。)
蛍光灯の蛾はいつの間にかいなくなっていた。
自らあの灯りに身をぶつけ翅を傷めて、どこかでひっそりと死んでいるのかもしれない。
つづく