ズキズキと痛む腹をかばいながら 窓越しに月を見ていたよ
 勝手口のきたねぇ窓ガラスから望む満月は
 うっすらとぼやけて ロウソクの灯火みたいだ

 父さん
 母さんは俺の腹を蹴るんだ
 父さんに顔が似てきたと言って、毎日蹴る
 大丈夫だよ 父さんとの約束通り、こちらから手は出していない
 「父さんが出て行っている間、母さんを守ってくれ」
 それが、約束だから

 野球はやめたよ 母さんは、父さんが好きなものを嫌がるんだ
 サッカーも楽しいけれど キャッチボールができないのが 少しさみしい
 友達とは仲良くやってるよ 明るく接してる
 「友達を守れるような強い男になれ」
 それも、約束だから

 なぁ父さん なんで帰ってこないんだ
 かえってきてよ かえってきてくれ
 げんかいだよ どうかおれにきづかせないでくれ
 なぁなぁ きづかせないでくれよきづかせないで

 おれをまもってくれるにんげんが このよにいるのかということを

 おねがいだかえってきてよとうさんおねがいだ
 おねがいだおねがいだおねがいだよ
   




   



















毛利さんは真人間だから、忘身刑を罰と感じるのだ。
生きる道において必ず越えなければならないもの…
痛苦、抑圧、憎悪、後悔
彼らはそういった障害を一つ一つ乗り越えて生きてきたんだ。
そのことは彼らの誇りとなって、人生を明るく照らし始める。
彼らにとって、これまでの障害は自身の糧なのだ。
だから、記憶が消えるのを良しと考えられない。


ボクにとって忘身刑は救いだ。
ボクは乗り越えられなかった。その障害があまりも大きすぎて。
枷となり重りとなり、ボクの足を引き続けていたその記憶たちを
まっさらに洗い流してくれ、新しい人生を用意してくれる。
この刑は救いだ。



・・・ねぇ、刑事さん


あ い つ に と っ て も そ う だ っ た の で し ょ う か 。



平片。

ボク達家族を殺した男の名前。

平片。

奴のことを考えない日はない。
この手で殺してやろうという気持ちはもう随分と落ち着いたが、
怨恨の念は未だにボクの心の奥底に静かにくすぶり続けている。

平片。

ねえ、今なにしている。
用意してもらった人生の中で、幸せ?笑ってる?


平片。

忘身刑が救いならば、お前の贖罪はどこへ?

平片。

平片。

平片。

ねぇ、死んでよ。

死ね。

死ね。

死ね死ね死ね。

後悔して死ね
泣いて死ね
焼け焦げて死ね
自分で死ね


この世に呪いというものがあればいいのに。
ボクのこの憎悪の塊が呪詛となって、あいつを取り殺してしまえばいいのに。


そんなことを鬱々と考え日々を過ごしていた5月の昼下がりだった。
その人がボクの前に現れたのは。















つづく


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