…ボクの名前は枯木タカラ。枯れ木と書いて「こぎ」と読む。
しっかりものの父と、少しのんびりものの母
兄弟は…いた記憶がないからおそらく一人っ子だったのだろう。
父は…たしか忙しい人だったように思う。
よくは覚えていないけど、尊敬できるような仕事をしていて
休日も家には居ないことが多かったけど、ボクは大好きだった。
母は、家に帰ると出迎えてくれた記憶があるので、専業主婦だったのだろう。
いつもニコニコしている人で、料理がとても上手だった。
二人はたまに壮絶な夫婦喧嘩をすることはあったものの、とても仲が良かったように思う。
ボクらは小さなアパートに住んでいた。
決して豊かではなかったけど、それでも細々と暮らしていた。
…あれ? でもあの時焼かれたボクの家は一軒家だ。
どこかで引越しでもしたっけか。
…まあいい。いつか思い出すさ。
小学生のころの記憶は…あんまりないなぁ。
誰かと仲良しで、誰かと喧嘩してっていう断片的なものはあるけど
顔とか名前は思い出せない。
ああ、そういえばボクは体操着が嫌いだった。
今思えばなんであんなに嫌がってたのかさっぱりわからないけど
泣いて拒んだように思う。
小学生時代で思い出せるのこれだけかよ…ボクは少し情けなく感じた。
13歳。ボクはなんてことのない公立の中学校に上がった。
これといって頭がいいわけでもなく、スポーツに秀でてたわけでもない
平々凡々とした、地味な少年だったように思う。
ああ、でも、部活は好きだったな。
運動嫌いなのに、何故か入ったのはテニス部だった。
やっぱり具体的なことは思い出せないけど、とにかく充実していたんだ。
平凡なりに、楽しい毎日だった。
平凡なりに、悩みながらも前に進んでいた。
(,,^Д^)「…………」
中学2年の、秋だった。
ボクの家が、大火事に合う。
当時巷を騒がせていた、連続放火魔の仕業だった。
ボクの家は全焼。
その時家にいた両親も、丁度部活帰りで家についたボクも
みんな燃やされた。
殺されたんだ。
しっかりものの父も、のんびりものの母も、
母が読み聞かせてくれた絵本も、父が買ってくれたラケットも
みんなで撮った家族写真も、子供のころのデータも
父が好きだった天体望遠鏡も、母のお気に入りのオーブンも
小遣いを貯めて買った漫画本も、嫌いだった体操着も
窓もカーテンも壁もお風呂もタンスも目覚まし時計も床もカーペットも
枕も布団もお金も本棚も冷蔵庫も洗濯機もトイレもぬいぐるみも
みんなみんなみんなみんなみんな殺されたんだ。
(,, Д )「……う…ううっ…」
ボクは頭に手をやる。自然と爪に力が入り皮膚をかきむしる。
殺されたんだ。
ボクの未来も。ボクの過去も。
──ボク自身も。
──火の海から助け出されたボクは、全身はひどい大やけど、右目は潰されかけていて、
人が言うには、あれほどの状態からここまで回復し、なんの支障もなく生きていられるというのは
奇跡に近いのだそうだ。
神様は、なんでボクなんかに奇跡を起こしたのか。
養護施設での3年間、ボクはそんなことばかり考えていたように思う。
18になり、独り立ちしたボクが最初にしたことは、
「その手のルート」を探すことだった。
この世の裏と表なんて紙一重で出来ているようで、それはすぐに見つかった。
ボクは毎日寝る前には、手に入れた銃を磨いて奴のことばかり考えていた。
──忘身刑
それも特殊なタイプのそれを受けたあの男は、
今ものうのうとこの地を闊歩しているとのことだ。
自分の罪も知らず、自分が殺した人たちのことも知らず、
遺された者の苦悩も知らずに。
もしかしたら、愛する人を見つけているかもしれない。
幸せな家庭を築くのかもしれない。
ボクは責め立てられるように急かされるように、奴を探した。
…しかし、裏ルートのように簡単には行かなかった。
奴の手掛かりは全くつかめなかったのだ。
(,,^Д^)「……コンビニ強盗、か…」
何故、何故なんだろうあんなことをやってしまったのは。
困窮のため?奴が見つからないイライラのため?
だとしたら、なんて馬鹿なことをしたんだろう。
ネーさんはボクのことを「地に足が付いていない」と言った。
全くもってその通りで、逮捕されてから、
ボクの心は抜け殻のようになってしまった。
忘身刑が決定したことで、ボクは目的を失ったのだ。
──奴に復讐をするという、目的を。
ボクは恐怖を覚えた。
歯止めのきかない自分の衝動…
いや、それよりも
そんな重大なことすら忘れてしまう、自分の頭に。
つづく