( ゚∀゚)「ぺっぺっ きっしょくわりい。あんな甘ったりいもん」
(,,^Д^)「ええっ!?チョコレートってたまに無性に食べたくなる時ありませんか!?」
( ゚∀゚)「ねえよ。女っ々しいこと言いやがって。
女か?まさか女なのか?女だったらヤらせろ!」
…この人に言ったのが間違いだった。
拘置所に来て1ヶ月。
毎日の食事はまあまあ可もなく不可もなくな味で
肉が少ないのと生野菜が出ないのがちょっと残念だけど
そんなことより甘味だ。甘味が足りない。
生来甘党であるボクにとって、糖分が得られないのはかなり辛い。
それに加えて…
( ゚∀゚)「あーーー刑務官の家の便所、爆発しねえかなーーー」
この人に毎日付き合うには普段の食事だけではエネルギーが足りないのだ。
つまりこの人が悪いのだ。
どうする、どうすれば大好きなチョコレートが手に入るのか。
家族に連絡して仕送りに縫いつけてもらうのは現実でも可能だろうか。
…あ、家族いなかったよボク。
(,,^Д^)「うう…チョコレート…チョコレートは…」
( ゚∀゚)「うるっせえうるっせえ!ぐじぐじぐじぐじ!」
(,,^Д^)「3番さん…なんかいい方法ないですか?」
( ゚∀゚)「あァっ!?」
(;^Д^)ビクッ
( ゚∀゚)「…」
3番さんはくるりと背を向けた。
まるで表情を見られるのを拒むかのように、壁を向いて雑誌のページをめくる。
( ゚∀゚)「…今日の解錠時間は何時だぁ?」
(,,^Д^)「4時、だったと思いますけど…」
( ゚∀゚)「じゃあイケるな。外に出たらよ、懺悔室に行ってみな。
…牛みてえな乳を持った女が居りゃ、当たりだ。」
【「ネーさん」】
懺悔室は、運動場へと繋がる廊下を出口付近で左に曲がったところにある、3畳分ほどの小さな部屋だ。
ノックをし部屋に入ると目の前にはどんと、部屋をぶった切る1枚のアクリル製の壁が立ちはだかる
壁には小さな机と椅子が据えれられていて、アクリル板の向こうにも同じもの。
(,,^Д^)「面会室に似ているな…」
違うところといえば面会室の様に刑務官の監視が無いところくらいか。
ボクはしげしげと部屋を眺める。これまでこの場所に足を踏み入れたことがなかったのだ。
理由はただ単に馬鹿馬鹿しかったから。
「受刑者の心のケア」とやらをするための部屋だそうだが
どうせ忘れてしまうものを、何をそんなに善行ぶったことをする必要があるのだろうか。
ボクは不可解でならなかったのだ。
さて、3番さんの言っていた「牛のような女」。
その人は入室してすぐその姿を確認することができた。
…確かに、豊かな胸の持ち主だった。
アクリルの壁の向こう、机に肘をあずけてゆったりと椅子に腰掛けている。
フサフサと長い毛に、涼しげにつり上がった目を伏せて、
なにやら音楽でも聞いているのかのように傾いだ姿は
どこかで読んだ昔話の、狐が化けている女性のような、妙な色気を感じさせた。
そして豊かな胸。
幾つぐらいなのだろう、お姉さんにも見え、おばさんにも見える。
あと、胸が豊かなことも忘れてはならない。
ミ `ー´彡「おや、こんにちは。初めて見る顔だね。」
女性が顔を上げる。みずみずしさはないが、芯の強そうなはっきりとした声だった。
(,,^Д^)「ハイ。9月にここに来ました。」
ボクは椅子に腰掛け、女性と対面する。
ミ `ー´彡「あたしは心理アドバイザーの姉ノ崎フサエっていうんだ。よろしくね。」
(,,^Д^)「アネノザキさん…」
ミ `ー´彡「みんなは"ネーさん"って呼ぶよ。」
"ネーさん"は柔らかく微笑んだ。
ミ `ー´彡「君は…そうだね、ハンザイシャの顔をしているね。」
(;^Д^)「そりゃ、確かに犯罪者ですけど…」
薬指に指輪をはめた左手がヒラヒラと揺れる。
ミ `ー´彡「犯罪者といってもいろんな奴がいてさ、
…例えば"3番"って人。わかる?」
(,,^Д^)「ハイ、同じ部屋なので。」
ミ `ー´彡「あらら、そりゃかわいそうに。苦労してるね。
まぁとにかくさ、あの人はハンザイシャの顔をしてないんだよ」
(,,^Д^)「…」
(,,^Д^)「うっそだぁーーーー」
ミ `ー´彡「あはははっ信じなくていいよ」
でも…3番さんよりもボクの方が犯罪者…?
ご老人に席を譲るしゴミの日だって守るボクが…?
ミ `ー´彡「…不満かい?」
(,,^Д^)「…いえ、でもいまいちピンと来ないんで…」
ミ `ー´彡「そうだろうね、自分の顔は鏡とカメラの中でしか見られない」
…何故そんなことが口をついて出たのだろう。
どうせ忘れるんだ。馬鹿げていると思っていたのに。
昔からボクには「自分を傍観する」ようなところがあった。
近い将来にはボクは忘身刑を受け、自分のことを全て忘れてしまうというのに、
「ああ、ボクはなんてかわいそうなんだ」位しか思うことができない。
そんな自分の口から出てきた、「思い出したい」の言葉に、ボクは自分でびっくりしていた。
ただ確実にわかるのは、この人からは何か不思議な雰囲気が立ち込めているということ。
それは、凍える冬の夜道を散々歩き回り、やっと家にたどり着いた時の安心感に少し似ていた。
ミ `ー´彡「なるほどね、あんまり勧めはしないけど止めもしないよ。
時間は沢山出来た。少しずつ頭の整理をしていくといい」
(,,^Д^)「はい」
そうか、ボクは思い出を取り戻したいのか。
物事を口にするだけで、自分のことがこうも分かるものなのか。
ミ `ー´彡「じゃあさ、いい方法を教えてあげよう。」
ネーさんは、ただにっこりと微笑んで続ける。
ミ `ー´彡「ペンと紙…ノートがあればいいね、それを用意する。
そして、思い出せることを、どんなことでもいいから書き出していくんだ。
関係性があるようなもの同士は線を引っ張ってつなげる。
項目が増えたら今度は枠で囲んでまとめていくんだ」
ミ `ー´彡「手を動かすってっていうのはバカにできないもんでね。
書いていくうちに頭が整理されてくるんだ。
それに、書いたことはもう忘れずに済む。読み返せばいいからね」
(,,^Д^)「わかりました。…やってみます。」
ミ `ー´彡「ただ一つ言っておくよ。無理は厳禁だ。」
気付けば時刻は4時40分。あと10分で集合時間だ。
(,,^Д^)「なるほど、3番さんが言っていたのはこういうことだったんですね」
( ゚∀゚)「…」
目の前には憧れのチョコレート。もう何ヶ月ぶりであろうか。
ボクは鉄格子の向こうに看守がいないのを確認し、さっそく包みを開ける。
あの独特のほろ甘い香りが居房内に広がる。
(,,^Д^)「ネーさん、3番さんの事知ってましたよ。」
( ゚∀゚)「あー、言うな!それ以上言うんじゃねえぞ!」
3番さんはいやに不機嫌だ。
( ゚∀゚)「俺はあの女、嫌いだ。何度も言ったのに一度も煙草を出さねえんだ。
クソ!舐めてやがる!」
…との事だが。
もしかしたら本当は、あの見透かされそうな目が苦手なのかもしれないなと、
ボクはなんとなく感じた。
ボクはチョコレートを一つ取り出し、銀紙をはがして口に放り込む。
(,,^Д^)「…くうぅぅ〜〜!!」
懐かしく、官能的な甘さが口いっぱいに広がった。
…ネーさんに会いに行って、本当に良かった。
チョコレートのことだけじゃない。
いつか必ず来る、受刑の日をぼんやり待つボクに、
とてつもなく強い味方がついたような、そんな気がした。
(,,^Д^)「これは大切に食べよう」
そう決めたボクは残りのチョコレートには手を出さず、布団の中に隠していたのだが…
次の朝には3番さんに全部たいらげられてしまった。
つづく
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